楽士の呟き

2005年春

3/8

 日常的に人前で演奏している身でも、実力を100%発揮するのは簡単ではありません。ですから、実力を60%しか出せないのであれば、6掛けで100に達するように、170の実力を用意するのです。兄弟子の言葉を借りれば、ステージにかけるのは、朝の起き抜けに寝ぼけながらでも弾ける曲が適当。ぎりぎりいっぱいの曲は負荷がかかると破綻しやすいですからね。
 一方で、実力を発揮できる割合は、力にゆとりがあればあるほど大きくなります。経験的にいって、170の実力が用意できたなら、本番では110%発揮して187のアウトプットが出せそう。ライブのノリとか昂揚ってのは確かにありますからね。70の余裕があれば、それを敵に回さず、味方につけられます。

 要するに、準備をしっかりしておけるほど、加速度的に出来が向上するわけ。そのためには適切なスケジューリングが不可欠で、最近の私みたいにたくさん仕事を請け負いすぎて、ちぎっては投げの自転車操業に陥るのは自分の首を絞めているようなものです。
 …この反省をするのって、もう何度目になるでしょうか。全然学習してないわたし。でも、弾いてくれと言われると、それはある意味自分の本分なだけに、なかなか断りづらいんですよね(トホホ

3/27

 ソプラノのK嬢、トラヴェルソのM嬢、ヴァイオリンのN氏、それにチェンバロの私というメンツで、小さな演奏旅行をしてきました。ワンボックスカーに楽器と人間四人を積み込みまして、弾いて、喋って、食べて、の旅。曇りなく幸せで、あるいは私の二十代で最良の数日間だったかもしれません。J君と私と弟と、三人してふざけながら鉄拳2で明かしたあの夜が、十代にしかありえない時間だったように。

 今回は、車ごとフェリーに載せて、佐渡島にも渡りました。朱鷺の羽根はそれはそれは美しい薄紅色でした。あれでプレクトラム(*)を作ったら、どんなにか綺麗でしょう?
 そういえば、前にCzanさんとWGREを訳していても、書籍についての章で羽根ペンの作り方や使い方の記述があって、「グリフォンの羽根のプレクトラムは、どんな音がするんだろうなぁ....」と思ったものです。いずれにせよ飛ぶ鳥ですから、真面目に考えても、結構いけそうな気がするんですけどねぇ。o ○

(*) チェンバロの弦をはじく爪のこと。鳥の羽軸から削りだして作ります。

 ところで、N氏は地元の大学オケのOBなのですが、かのオケには伝統があるそうで。港を出てしばらくしたころを見計らって、真顔で新入部員に、
 「おい、○○、パスポートちゃんと取ってきたか?
 だめじゃん。佐渡は海外だからパスポートいるんだって。言っといたろう?」

ウブな一年生はコレで見事にパニクるそうで。
(類義語:「見ろよ。潜望鏡が出てる」「え? どこですか?」「あそこだよあそこ。北朝鮮の潜水艦だぞ」)

4/12

 今月頭の演奏会では久しぶりにアドリブ全開で飛ばしてきました。本来私は派手に個人技かますよりも、アンサンブルの全体に目配りしつつ、共演者の持ち味を引き出していく方が好きですし、また実際得意でもありますが、たまには一人で弾くのもいいものです。

 半年前と同じ曲をプログラムに入れたのですが、久しぶりに弾いてみましたら、前回思いもしなかった新しいアイディアが次々と湧いて出て、自分でも次に何が出てくるか楽しみでしかたがありません。それに、先月くらいから実感があるのですが、音楽が確実に大きくなっています。以前はどんなにせかせか小者っぽい演奏だったことか。実際、テンポも1割から2割遅くなっています。半年前の録音を聞くと、脈拍がおかしいとしか思えません。それだけ生き急いでいたのかも?

 なんにせよ、いまが伸び盛りです。願わくは、死ぬまで変わりつづける、(他人にとっても自分にとっても)目の離せない奏者でありますように。

4/18

 昨日の演奏会を最後に、リーダーを務めて仲間と一年半やってきたバンド(?)を、しばらく休むことにしました。
 以下は本当は、今後のネタにと数週間前に書いてストックしてあった文章の一つで、いつものように全美点解説の連載とセットで更新するつもりでした。けれども昨日演奏が終わった後にメンバーから(サプライズで)花束もらったりして、あんまり嬉しかったので、連載の方の記事が書き上がるのを待たずに、繰り上げて載せてしまいます。

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 興ざめな話ではありますが、アンサンブルは、純粋な音楽とは関係のない、人対人の立場や力関係が影響する部分が案外あります。雇われの外人部隊として入るときには基本的に発言権はなく、雇い主の注文に従わないといけませんし、目上の方と一緒になればどうしても、無茶や冒険はしづらいもの。
 逆に、気心の知れた仲間と一緒にやるのは、それはそれは楽しいです。頭のやわらかい若者同士であれば特にそうで、遠慮いらずに好き放題仕掛けあって、そしてまたお互い相手のそれを面白がって打ち返していく。とてもエキサイティングな音楽が生まれます。

 よき仲間たちに恵まれて、こんなに幸せなことはありません。個人の仕事がたくさん入ったりしてスケジュール的にあまりにキツくなってしまったために、バンドとしての頻繁な公演はしばらく控えることにしたのですが、年明けにその決心をしてからも、何度となく迷いました。こんな得がたい場を離れていいものか、寂しくなるなぁ、と。

 そして、これも実感。

とにかく、リーダーの重責というのは大変なものである。時として、労苦の割には報われないと思うときがあるかもしれない。だが、貴方の誇り高き行いは、いつか苦境にあって貴方を無償で支える友や従僕の姿として結実することだろう。信頼という樹の育ちは遅く、枯れるときは一瞬だ。だが、実る果実の豊かさは他に比類がない。 小太刀右京さん)

 美文にして真理です。また私たちの場合これは双方向に成り立って、私の方からも、K嬢のオペラ団の会場の手配をしたり、N氏の合奏団に賛助出演したり。自分の仕事のことだけ考えれば余計な時間と手間かもしれませんが、でも全然苦になりません。友の力になりたいから。

それをプロにとって甘さだと言うなら、プロなどクソ食らえ!

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5/30

「近く西方へ発つ。大陸を横断して、できるならその果てにある海を越えて、
チェンバロが発祥したという国をこの目で見てみたい」

というわけで、行ってまいりました。木霊す声で「修学旅行」って言ってたのはコレね。

上のページはまだ三分の一くらいしかないですが、これから順次足していきます。収穫を整理して自分の中に定着させないことには、なんのために行ってきたか分かりませんから。

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