(以下、キャペに渡したハンドアウトそのままです)

 コヴナントからデュランス川をさかのぼること丸1日、カヴァイヨンからカドネ城へと続く街道沿いにオルゴンという小さな街があります。キャペはそこを治める荘園領主です。

 キャペ卿の生家は、パリに近い北フランスのシャンパーニュ地方に広大な所領をもつ有力貴族です。本来ならキャペもその一族として、フランス王の宮廷に侍るはずでしたが、家の都合でとんでもない運命を背負うことになってしまったのです。
 20年ほど前、父はフランドルの交易商人から珍獣を買い取りました。遙か北方の雪原に住むハスキー犬です。ペットにでもしようと戯れに買ったものでしたが、なんとこの犬は口を利きました。
「どうか僕をシベリアに帰してください。
 帰してくれるなら、そりを引く僕らの強い力をご一家の血筋にお分けしましょう」
父はそれを承知し、約定が成立しました。準備ができるまでは屋敷にいてもらうということで、幼いキャペは遊び相手としてすっかり仲良しになりました。

 しかし…遠いノヴゴロド共和国へ送る手筈を調えていたところ、時の国王であったフィリップ尊厳王が屋敷を訪れたのです。フィリップ王は気まぐれを起こしてこの珍獣をほしがりました。廷臣である父に、それを拒むことができたでしょうか?

 しかし、約束を反故にされたハスキー犬は怒りました。
「あなたたち人の子は不誠実だ。僕ら妖精は約束を違えたりしない。絶対にね。
 先の申し出はもう取り消しだ。あなたたちはハスキーの血を分けるに値しない。
 ただ末っ子だけは気に入った。あの子に一家の分を全部継がせることにする。
 あの子は卑怯な人の子よりも誠実なハスキー犬となった方が幸せだ。」

 祝福なのか呪いなのか、以後キャペは満月の夜にハスキー犬に変身してしまうようになりました。当然、そんな者がいるとなっては恥さらし、一族の者たちはキャペを忌み嫌い、早くから騎士の道を外して大学に追いやりました。もっとも、キャペ本人にとっては、大学でアリストテレスの動物誌を研究した毎日は、まさに天国だったようですが。

 あれから20年。老いた父親は亡くなり、長兄のオーギュスタンが家督を継ぎました。南フランスにはびこるカタリ派という異端に対して十字軍が発令され、それに便乗したフィリップ王は南部諸侯を攻略しています。戦いの趨勢は国王の勝利に傾きつつあり、参陣した長兄も領地をいくつも奪いとりました。
 その中の一つがオルゴンの地所なのです。実家のシャンパーニュから遠く、猫の額ほどの広さでしかありません。キャペがここを任されたのは、どう見ても厄介払いでしょう。ただ、いくらかなりとも心強いことに、幼少から仲の良かった乳兄弟のジョゼフが執事として来てくれることになりました。政務は彼にやらせておけば大丈夫でしょう。

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